2009年08月04日

論理的な会話など存在しない?


by B Tai under CC

たまにウェブサイトなどで、すれ違った議論を見ることがあり、なんだかもやもやしたものを感じていたのですが、最近ちょっとピンと来ました。「ああ、論理的な議論って存在しないんだな」って。人間はやはり、感情の動物なんだろうなと。ここに至る課程には、最近何度も読んでいる本やら、最近はまっている某映像作品の影響もあるとは思いますけどね。あとはセミナーとか。別に、こういうことを特に気にするような立場にはいないのですが、周辺事例も含めて、自分なりに考えをまとめてみました。

感情が許さねば論理的な会話すら始まらない

科学的、論理的の根拠として一般的に言われているのは反証可能性です。でも、普段から「この話は、これこれこういう理論と対立して矛盾が生じるから論理的ではない」みたいに厳密に検証しているかというと、してません。中にはしている人もいるかもしれないけど、僕はしてません。おおざっぱに過去の経験と照らし合わせて「なんか違和感を感じるなぁ」というところから論理的にどうか考えることが多いです。違和感というのは、何かのものごとを見たり聞いたりしたときに生じる体感覚です。情報のインプット+体感覚=感情、というのがめんたねのこうじさんの意見。つまり論理的かどうかの判断基準のスタートとしては感情なんですよね。

つまり、論理的な会話をするには、まずはこのような「違和感」が生じないことが重要です。ある程度の違和感は好奇心を刺激するという上では重要です。例えば、千円札は拾うな。 など、一連の安田さんの著作はこれをうまく利用しています。ありがちなタイトルで、ありがちな内容であれば本なんか誰も手に取らないですからね。ただし、違和感が強すぎて「これは根本的に違うだろ」とまで思われてしまうと、そもそも同じ議論のテーブルには付けない、ということになります。

感情的な対応というと、例えば、「空気中の熱で走る車が開発されました」みたいな情報があったとして、「そんなのが開発されたら、今ガソリン代を払っているのがアホらしくなるから、そんなのありえない」みたいな、まったく論理的じゃない所から否定する人もいます(あくまでもたとえ話です)。議論じゃなくて、特に雑談みたいな所だとこういう話し方をする人も少しいます。論理的じゃないないなぁ、と思うかも知れませんが、考えてみると「自分の過去の経験で判断する」というのもそんなにレベル変わらないですよね。優劣の差はあれど。

人間の脳は大きく三階層に分かれると言われています。

  • 大脳新皮質:論理的思考を司る
  • 大脳辺縁系:記憶と感情を司る
  • 爬虫類の脳:生命を司る

このうち、人間がすごく発達しているのは大脳新皮質です。ブレインジムでは、お互いの層が影響を与え立っているため、うまく下の層をコントロールすることで、上の層に良い影響を与えられるとしています。例えば、体を動かす(は虫類の脳を刺激する)と、記憶力があがる、などなど。それが正しいかどうかというと専門家じゃないのでなんとも言えないですが、感情と論理もやっぱり影響はあるんじゃないかな、と思うわけです。

「論理的に納得した」という感情を得るには?

論理的であるはずのもの同士の会話で、堂々巡りしてしまったり、同じ理屈の言い合いになるのは、「自分が正しくて、相手が間違っている」というバイアスがなせる技。論理的の根拠が「自分の過去の経験」である以上、根拠が崩される=アイデンティティの危機だから 、感情として「認めるわけにはいかない」という気持ちが生じることは当然あります。お互いがそのような感情を持ってしまえば、自分を守るという方向に思考が進んでしまうために、揚げ足をとるのには敏感になると思いますが、相手の話題に深く入ることがなくなります。そうなるとめでたく平行線の完成ということになります。

そもそも、完全に論理的であれば「反証可能」でなければならないため、自説が覆されたら、遅滞なく「あ、間違ってたわ。そうだね」と言えなければなりません。もちろん、自説へのこだわりとか、未練とかはありえません。なにせ論理的なはずですからね?ですが、自説を曲げてしまうと、自分の社会的な立場すらゆらいでしまうような状況であれば、間違っているということを受け入れることはできません。テレビでの政治家同士の議論がいつも平行線なのは、「政党の代表として来ている」「負けることは政策変更を意味する」など、バックグラウンドでの制約が厳しいからです。テレビの政党の討論番組は勝ち負けじゃなくて、言い合っている中から、「この人たちの主張の違いは何?」というのを見つけるような見方をすれば、十分に意味があると思います。別に論理的じゃないからといって無駄なわけではないと思っています。

ということで、論理的な会話をするには、相手の感情を損なうようなことはやっぱりいけないのと、考える時間をきちんと用意するということです。相手の意見を聞いて「そうだよね」といったん受けて、それで「でも、こういう場合はどうなの?」と、少しずつ反例を上げていく。そして考える時間を与える。例え自説に修正を加えるにしても、それまで考えてきたことと調整を加えつつ直していくには時間が必要です。時間がない状況で「論破」されかかると、それこそ意見の全否定 or 論破された相手に反撃の選択肢しかなくなってしまいます。こうして感情による反論の余地がでてきてしまうため、論理的な会話のための前提が崩れてしまいます。ファシリテーショングラフィックやロジカルシンキング、マインドマップなどの頭の整理のテクニックを使えば、この理論の修正にかかる時間は減らすことは可能だと思いますが、ゼロにはできませんよね?

相手によって、反論や状況変化などに対する耐性は変わってきます。最新号のWeb site expartにも、「数人に反論されただけで、焦ってしまえばそれでも炎上といえるし、堀江さんのブログのようにものすごい反対コメントがついても、本人が涼しい顔をしていれば、炎上とは言えない」みたいなことが書かれていました。感情的反論スイッチが入るスレッショルド値、というのはきわめて属人的なパラメータですので、相手によって様子を見る必要があります。

エセ科学とどう戦うか?

いくら、論理も感情の上にある、とは言っても、別に僕はエセ科学を擁護しているわけではありません。僕もたまには「僕は晴れ男だから傘はいらない」みたいな、非論理的なことを言いますが、分かった上で言っています。雨が降って痛い目にあっても、自分のせいです。上で考えてきたようなことをエセ科学にも当てはめてみると、それぞれの立場の考えは以下のようになるんじゃないかな、と思います。

  • エセ科学を信じる人たちからすれば、通常の科学の人たちが言う理屈というのは、自分たちの価値観を破壊しようとする外部圧力に感じる。そもそも、自分たちが信じている論理体系と、まったく別の論理体系でもって攻撃されるのだから、反論方法としては、自分たちの論理体系で反論するか、感情で反論するかどっちかしかない。通常の科学の人たちから見ると、そういう人たちの反論は「非科学的で感情的」と見える
  • 通常の科学を信じる人たちからすれば、エセ科学を信じる人たちが言う理屈は、「金儲けのため」などのゆがんだ価値観でねじ曲げられた理屈が感じられるので「気分が悪い」。過去の歴史からの蓄積の科学を使って論破しようとするも、次々と現れるエセ科学の波状攻撃の前には押されるがまま。そういうのを信じてしまう人を見ると気分が悪い。エセ科学な人たちから見ると通常の科学を信じる人は「頑固で議論の余地のない人」にしか見えない。

以前、マツダミヒロさんがセミナーで言われていたことがあります。「スピリチュアルを信じたりするのはいいけど、うまく行かなかったとしても、それのせいにしてはいけない」ということです。少なくとも、スピリチュアルとエセ科学を置き換えた上で、この言葉に対してコミットメントできる程度でなければ、話をするのは難しいでしょう。この程度よりも深く信じていたら、感情で反論スイッチが即座にONしてしまう可能性が高くなります。エセ科学な人も、自分の意見は論理的だと思っている(根拠は都合のいい事例や、誰かが話をしたから、という理由の積み重ねかもしれませんが)ので、「非論理的だ」という話し方をしてしまうと、相手には伝わらないです。エセ科学も強敵なので、すごく時間がかかると思います。

それにしても、マツダミヒロさんの言った言葉。うまいこと言うなぁ、というのがその時思った感想です。例え会場にスピリチュアル大好きな人がいたとしても、スピリチュアルアレルギーな人がいたとしても、どちらの立場の人にもきちんと届くメッセージだし、考えさせる言葉だし、その後の追い打ちで考える時間を奪うこともない。こういう言葉を発せられるようになると、多くの人に何かを伝えられるようになるんでしょうね。

posted by @shibukawa at 07:58 | Comment(164) | TrackBack(0) | ライフハック はてなブックマーク - 論理的な会話など存在しない?
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