2017年12月15日

異文化理解力のメタ読書のススメ

ミスタービッグデータこと、しましうまちから異文化理解力という本を紹介してもらいました(しうまちは確か@d1ce_から教わったと言ってた気がします)。アマゾンのレビューの圧倒的な評価を見れば分かるように、とてもすばらしい本です。著者が数十年にわたって仕事で活動してきた内容の集大成であり、多くの国々の人々に対する調査の結果がこれでもか、と盛り込まれた本です。下調べの圧倒的な量からして、この本を書ける人はほとんどいない、というカテゴリーの本です。

この本は、国際的なチームの仕事のトラブルの原因として、受け手が期待するものと、話し手が期待する価値観の違いがあるとして、8つの領域に分けて詳しく説明しています。普通に読んでもとてもおもしろく、「ああそうだよね」と思うところもたくさんありました。ただ、この本を文字通りではなく、応用的に読むこともできます。本エントリーでは2つの視点を紹介します。

ちなみに、アマゾンのKindleの方には書籍紹介として、(なぜか)本を貶めるような説明(おそらくレビュー記事のタイトルで本文を読まないと真意は分かりません)もありますが、そんなことはありません。

  • 「残念ながら、日本人の8割にこのビジネス書はいらない。」 HONZ書評掲載で話題沸騰! (10/7、佐藤瑛人さん)
  • 「ビジネスで英語を必要とする人々は、この知識こそ必要だ。」 成毛眞さん(HONZ代表)推薦!

日本国内のカルチャーギャップについて考察するための武器

本書では、国ごとの考え方の違いを、カルチャーマップという絵を出しながら紹介しています。何かの発言をするときに、どのようなスタンスで言葉を選ぶか、直接的な言葉を使うのか、間接的な言葉を使うのかといった感じです。ビジネス上よくある8つの場面ごとに、1次元にきれいにマッピングされた分類になっています。

本書の中でも「集団同士のあくまでも相対的なもの」「集団の中でも差がある」ということは強調されています。まさに現在の日本の状況は、この本で触れられている状況が国内で発生しています。よくTwitterで回ってくる、算数の掛け算の順序の問題がそうですね。日本はもともと、明治維新のころ、学問の文化吸収ではヨーロッパ圏をお手本にしていました。掛け算問題はたいてい「習ってなくても正解なら減点すべきでない」という文脈でTwitterが回ってきますが、本書によると、フランスとかも「習ったことによる説明以外はバツにされる」と紹介されていました。どこかで見た話ですね。

一方、ビジネス書の世界でもコンピューターでも、最近は新しい考え方、製品はアメリカからもたらされることが多いです。アメリカは「古い日本」に対して新しい文化や考えをもたらす国、という位置づけです。本書で言えば、ヨーロッパ的な演繹的な考え方で作られたカリキュラムに対し、アメリカ式のプラグマティックな思想との文化衝突といえるでしょう。今まで目の前にあった問題が、別の視点で見えてきますよね。これに限らず、日本人は「積み上げ型の価値観をまったく別の価値観を持ってきて破壊する」みたいな物語が好きですよね。

もちろん、ドイツを見れば分かるように、演繹的な考えも間違っているわけではなく、きちんと運用されることによって成功はできます。アメリカもそうです。どちらも間違っているわけではありません。ちなみに、知人に教員がいる方は当然ご存知だと思いますが、現在の教員は多種多様なタスクを抱えて労働時間が極めて長い状況にあります。紋切り型でバサバサやっていかないとそもそも回らない、というところが元凶な気がします。そういう状況であれば、掛け算に順序に対して物申しても「クレーマーがきた」としか対応できないと思うので、こういう事情も含めて親が子供に教えてあげるしかないんだろうな、という気がしています。

また、Twitterでよく見られる「欧米では◯◯なのに、日本では◯◯」というテンプレートも、欧と米が結構違う価値観にあるという説明を何度も読んだ後に見かけると「ふふっ、坊やなのね」という気持ちになれます。

書籍を書く人のための武器

国によって、伝えたいこと(情報、褒めるというポジティブ・フィードバック、叱るというネガティブ・フィードバック)が違う、というのが本書の主張ですが、では実際、本書はそれをどうやって読者に伝えているんでしょうか?

  1. コミュニケーションで失敗した事例
  2. コミュニケーションスタイルの違いの概要
  3. 文化論のセミナーであった、コミュニケーションスタイルの違いを見せつけるできごと
  4. コンテキストという概念の紹介
  5. アメリカで子供の時に受けた教育の紹介
  6. 他の国の事例の紹介
  7. 言葉を歴史から分析
  8. フランス人クライアントの経験とフランス語の特徴
  9. コミュニケーション指標のグラフ
  10. グラフを使って、今までの話の事例の背景を解説
  11. コミュニケーション指標が違う国だと、「良いコミュニケーションが違う」という理論説明
  12. イタリア人の同僚の話
  13. 指標グラフは相対的な位置づけが大事という説明
  14. イギリス人が体験した、相対文化に関する事例の紹介✗2
  15. 中国とヨーロッパの文化の差の吸収するコンサルタントの話
  16. 自分よりハイコンテキストの人と仕事をする時のアドバイス
  17. 自分よりローコンテキストの人と仕事をする時のアドバイス
  18. 3つ以上の多文化間で仕事するときのアドバイス
  19. 文化間での手法の紹介や、手法を使うときのアドバイス
  20. 文化を明文化することで成功した事例
  21. 最初の失敗事例の後日談(次の日は成功した)

これでもだいぶ省いていますが、大きなポイントは2つです。

  • 事例がたくさんある。そして、事例は失敗パターンから、徐々に成功するという並び
  • 事例の間に、理論的な説明。説明にあたっては、その後にフォローとしてすでに説明した事例を引き合いに解説したり、新しい事例を並べたり

なかなかここまでの事例を集めるのは大変です。僕が書いてきた本も、がんばってサンプルとかエピソードとか挟むようにはしてきましたが、ここまでたくさんは集められませんでした。著者が本業でやっている異文化間のコミュニケーションのコンサルタントという仕事ならではの内容といえます。

僕がかつて翻訳した本で、めちゃくちゃ苦労した本に、オライリーのアート・オブ・コミュニティがあります。なるべく日本語として読みやすくなるように頑張りましたが、そもそも「読みやすい」「読みにくい」という物差しが文化の差から生じたものだとはこの時は思っていませんでした。アート・オブ・コミュニティは抽象的な理論を最初にたくさん説明して、説明しきってから実際のコミュニティでの適用方法や事例などを紹介していきます。最初に説明した、欧州的な流れですよね。これがなかなか読みにくくて苦戦しました。

日本人とイギリス人で理論の積み上げ方が違うという前提を理解していれば愚直に訳す以外の他の作戦もあったと思います。例えば後半の訳文を先に訳してしまい、説明する内容の外堀を埋めてから前半を訳す、といった具合です。ウルトラCとしては、本文の順序を入れ替えて翻訳するというのも、実現可能性の理論は置いといて、可能性としてはありです。

実際、ここまで意識する必要があるのか、と思われる方もいますが、今時だとアマゾンとかでランキング上位に入ると、翻訳のオファーとかも来るそうです。翻訳そのものは翻訳者ががんばるところですが、その翻訳が終わったあとの文章がそれぞれの国の人にとって、とっつきやすいかどうかはこの構成で決まってしまいます。世界に売り込みたい人はマストバイです。もちろん、日本国内であっても性格の違いはよく観察されるので、広い人を満足させるテクを盗めれば本書の価値が大きく上がります。次に本を書く時は大いに参考にしたいと思います。

本書の3通りの読み方どれも楽しい

本書はもちろん、そのまま国際的なコミュニケーションのテクニックの本として読んでも役に立ちます。国際的な仕事をしている人はこれだけでも十分価値があります。一方で、本ブログで紹介してきたように、身の回りの事象に当てはめて読んでみてもいろいろなことが見えてきます。「あ、あの人は気性がメキシコ人っぽいな」とか。前節で紹介したように、本書そのものの構造を分析してみて、書籍執筆とかに役立てるという読み方もできます。本当に、どの読み方をしてもスキがないというか楽しめます。

ITエンジニアに読んでほしい!技術書・ビジネス書 大賞 2018ではエントリーがないですが、僕にとっては間違いなく、今年のベスト本ですね。あ、自分の本を抜いてですよ。Real World HTTPGoならわかるシステムプログラミングもよろしくお願いします。

posted by @shibukawa at 02:15 | TrackBack(0) | 日記 はてなブックマーク - 異文化理解力のメタ読書のススメ
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