ハッカソン界隈が非常に盛り上がっています。ハッカソンという言葉が一人歩きした結果だから「まあそういうことも起きますよね」としか思えないのですが、いいタイミングなので、4-5年ぐらい前から考えていたことをまとめてみます。
ハッカソンという名の対人リアルタイムシミュレーションゲーム
ハッカソンという名前がバズワードとして広まり、いろいろなイベントのタイトルとして使われています。ただ、本来使われてきたハッカソンとは意味が違ってきています。こちらにオフラインの勉強会のスタイルの分類をまとめているのですが、ハッカソンはどちらかというと開発合宿スタイル。集中的に何か動くものを作ってみよう、という形のイベントです。
@technohippyさんが良いリンクをTweetしていたのでこれも参考に貼っておきます。
原始ハッカソンの日本語原典はこれな https://t.co/vQigFMDVf2
— ANDO Yasushi (@technohippy) March 2, 2016
一方、企業協賛のものは商品や賞金が出るということもあって、優劣を決めるイベントです。これを明確に表している分類は「コンテスト」の方が適切かと思います(数年前の感覚では)。ただ、言葉の定義というのは、神から与えられた正しい意味みたいなのはなくて、人々が使っている中で、誤用とかも含めて定着していった結果です。オリジナルの由来のみを正しいと信奉して「送り狼」を褒め言葉で使ったらたぶん友達がいなくなります。送り狼にも諸説あるみたいですが。コンテスト相当のものを「ハッカソン」と呼ぶというのはこのまま定着しそうな気はします。
「コンテスト」であれば勝敗をつけるイベントというのが明確なので当然「レギュレーション」をどう定めるのか、その中でどうパフォーマンスを出すのか、というところに参加者や審査員の意識はフォーカスします。「ハッカソン」と呼んでしまうと、「クリエイティビティを発揮しよう」みたいな印象を与えがちで、あまりルールや縛りにフォーカスしようとはしなくなるんじゃないかと思います。そういうポジティブな印象を与えたい、という主催者側の意図が「ハッカソン」という言葉を使わせている気はしますが、それが逆にハッカー気質な人がハッカソンという言葉に対してネガティブな印象を持ったり、今回の関連記事等にかかれていたように、一部の参加者「技術を発揮しないのに違和感を感じる」という悲劇につながっているのかなと思います。
ハッカソンをゲームと例えるなら、準備フェーズでスキルを成長させて相手を殴りに行くMOBAとか、RTSに近いかもしれません。この手のゲームで「この設備を最初に作っちゃえば勝ちが確定」みたいなのがあると対戦は面白くないですよね。
対戦ゲームはバランス調整が肝
ゲームセンターの対戦格闘ゲームをプレイしたことがある人は誰しもが知っているように、対戦格闘ゲームってすごく細かくバージョンアップしていくんですよね。オンラインのゲームとかでも強すぎると補正が入ったりします。対戦ゲームの場合は「このような読み合いをして欲しい」「このような勝負になって欲しい」という開発側のグランドデザインがあり、それにしたがってバランス調整が行われます。しかし、リリースした後に一部の技が強すぎてバランスが崩れてしまっていることが分かり、プレイヤーがその技ばかりを使うようになってしまっては、そのようなグランドデザインは達成できません。
みんなが同じキャラしか使わない、というのもゲームを単調にしてしまうし、待ちで安定してしまうと誰も動かなくなってしまいますし、しゃがみPを出せばしゃがむまでの6フレームがスキップできて、投げから逃げられるし速度が速いから敵の打撃も潰せるとか、投げと中段打撃の自動2択で、ガードしようとしてもダメだし、しゃがんでいてもやられるみたいな一方的に不利な状況が強いられるようなバランスではユーザが楽しむ前に理不尽を感じて離脱してしまいます。そういうバランスブレーカーはバージョンアップ時に調整が入って弱められることが多いでしょう。
企業主体のハッカソンはどんなグランドデザインがあるんでしょうか?だいたい、企業が提供するAPIを多くの人に知ってもらって使って欲しいとか、その企業がフォーカスするビジネスドメインを知ってもらいたい、というところかと思います。場合によっては、マイクロソフトのMVPみたいに、ユーザの立場ではあるけどエヴァンジェリスト的な活動をするまで成長して欲しいと思っているかもしれません。ハッカソンを名乗るからにはコードを書いて動くものを作って欲しいんだと思います。そのようなグラウンドデザインに従った結果になっておらず、単発のイベントで終わっているとしたら、バランス調整が必要な段階で放置されていると言えます。
コンテストは本物の勝負というか、ルールの中で勝負する模擬戦です。ただ、模擬戦といっても、本物の勝負で必要な能力を同じように発揮したら同じように勝てる、というものが「正しいレギュレーション」と取る人が多いでしょう。ただ、「本物」にこだわりすぎると地味すぎるのでグラウンドデザイン通りに参加者が自然と行動してくれるように、適度にデフォルメする必要があります。参加者の生まれの財力で難易度が変わるとか生々しすぎて嫌ですよね。あと、ビギナーでもビギナーなりに成長を感じられるようなデザインとなっていればベストでしょう。
レギュレーションはプレイヤーの行動を規定します。テコンドーなんかは蹴り技しかポイントにならず、パンチは牽制のみというレギュレーションです。そのため自然と蹴り技主体の試合の流れとなります。たまにボクシングの強い国の選手なんかはパンチでKOできてしまうらしく、その場合はポイント関係なく勝ちとなりますが・・・運営者はゲームデザイナーなので、「おもしろい」のゲームデザイン
のシリーズみたいなゲームデザインの本が参考になると思います。
ハッカソンという名前にこだわると実装しないとダメなんでしょうけど、もちろんアイディアだけで勝負というレギュレーションを入れるのであれば、アイディアだけのコンテストももちろん健全なイベントです。昔からありますよね。ローラースルーゴーゴーの開発も、ホンダのアイディアコンテストの成果です。
ハッカソン・ハッカソンの必要性
主催者側も、イベント運営のプロではないことが多いでしょう。ゲームマスターが初心者だったとしてもテーブルトークRPGのようにルールブックが手に入れば、参加者に一定のクオリティの体験は保証できますが、おそらく今はそういうものはまだなくて、みんな手探りなんだと思います。ハッカソン運営者同士で情報交換を行い、他のイベントで成功したルールを取り入れてみたり、失敗したポイントをみんなで考察してよりよいレギュレーションを考えるという活動も必要になってくるでしょう。
「がんばって運営したんだから、かならずポジティブな結果が得られるはず」という「努力したらいつか報われる」症候群には要注意です。特にイベント運営とかボランティア活動ではよく見られます。まあ通常の勉強会程度ではあまり運営方法とかにブレはなくて、大失敗というほどのものは起きづらいので「コミットすれば良い結果になる」は観測の範囲内ではきっと正しいと言って差し支えないかもしれません。
大規模なイベントだったり、企業主催だったり賞金が出るようなイベントでは、注意深くゲームをデザインする必要があると思います。
ボランティア活動、コミュニティ運営、イベント運営その他の注意点としては、努力すればするほど結果が単調増加するわけではなくて、方向が間違えばマイナス方向に努力を積算することなってしまう。努力すればするほど「自分が盛り上げたいと思っているもの」を傷つけてしまう。
— 渋川よしき (@shibu_jp) February 28, 2016
「これはやばい」と人が距離を起き始めるようなことがあれば、「やらなければマシだった」ということになりかねません。「ハッカソン主催者はゲームデザイナー」という意識を忘れずに、開催するたびに経験値を貯めていって今後のイベント運営を少しずつ改善していけば、数年後にはいいものになる気がします。
まあ僕は参加したことないんですけどね。子供がいるとこういうイベントは参加しにくい・・・このエントリーはアート・オブ・コミュニティ
のステマにつなげようとおもって書き始めたんですが、この本はオフラインイベントはすごくあっさりしか紹介されてないので、あまりつながらず・・・